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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)6703号 判決 1969年10月31日

原告

仲西丑松

被告

丸萬運輸株式会社

ほか一名

主文

一、被告らは各自原告に対し金四五〇、〇〇〇円および右金員に対する昭和三九年一二月二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

一、原告のその余の請求を棄却する。

一、訴訟費用はこれを九分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

一、但し、被告らにおいてそれぞれ原告に対し金四〇〇、〇〇〇円の各担保を供するときはその被告に対する右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一原告の申立

被告らは各自原告に対し金四、〇〇〇、〇〇〇円および右金員に対する昭和三九年一二月二日(不法行為発生の日の翌日)から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え

との判決ならびに仮執行の宣言。

第二争いのない事実

一、本件事故発生

とき 昭和三九年一二月一日午後一時五分ごろ

ところ 大阪市旭区大宮町四丁目九番地先交差点

事故車 貨物自動車(奈一う五二六六号)

運転者 被告堀口保司

受傷者 原告

態様 原告が運転し南から北に向け進行する第一種原動機付自転車(以下原告車という)と、東から西に向け進行する事故車の間に交通事故が発生した。

傷害 原告は、顔面左挫創、脳挫傷の傷害を受け、昭和三九年一二月一日から同四〇年一月一六日まで福島病院に入院し、その後国立南大阪病院へ通院した。

二、責任原因

被告会社は、従業員である被告保司に自己の業務のため事故車を運転させ、運行の用に供していた。

第三争点

(原告の主張)

一、本件事故の態様・被告保司の事故車運転上の過失

本件事故は、被告保司が事故車を運転して見とおし困難な本件交差点に差しかかつた際、出合頭の衝突を避けるため、最徐行して前方左右の交通の安全を碓認すべき注意義務を怠り、時速約四〇キロメートルの速度のまま同交差点に進入した過失により、事故車の左前部を原告車に衝突させ、これを跳ねとばしたものである。

被告らは被告保司の事故車運転上の無過失を主張するが、事故車と原告車の衝突地点は、それぞれの交差点入口からほぼ等距離にあり、かつ事故車のスリップ痕の長さは原告車のそれのほぼ二倍であること、原告車は原付自転車であることなどを考えると、原告車が交差点に先入し、後に事故車が交差点進入を始めたものと推認されるのであつて、広路優先が問題になるのは交差点への同時進入の場合のみである。非優先道路進行車が既に交差点内に進入している場合にまで広路優先の原則が働らくのではない。

なお事故車は大型貨物自動車であり、普通貨物自動車ではない。

二、傷害

原告は前記の他左肩挫傷の傷害を負つた。

通院期間は昭和四〇年一月二五日より同三月二四日までである。

三、損害

(一) 逸失利益 三、五〇〇、〇〇〇円

原告は、舶来、国産高級服地商として店舗販売並びに行商をしていたものであるところ、本件事故のため自転車に乗ることもできなくなり、行商による利益は皆無となつた。原告の従来の月間売上高は、少くとも店舗販売三〇万円、行商六〇万円で、服地販売の利益率はほぼ二割であるから、原告は月間店舗販売六万円、行商一二万円の収益を得ていた訳であるが、事故後店舗販売による月間収益は二分の一の金三万円となつたので、右減収割合を原告業種の収益力減とみれば、本件事故による行商における減収額も、前記金額の半額たる金六万円であることになる。そこで今控えめに右金額を基準額として原告の逸失利益を算定すると、原告は本件事故当時五一才であつたから、本件事故がなければ、向後六五才まで一四年間稼働しえた筈であり、その間の得べかりし利益をホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して計算すれば、その現価額は七、四九四、七七二円となるが、本訴においてはその内金三、五〇〇、〇〇〇円を請求する。

仮に右算定方法によらないとしても、原告の外商による取引入金高は、昭和三八年度金六、九五六、九四五円、同三九年度金五、七五一、三四四円であるが、右三九年度の入金高は、最も服地需要の高い一二月一ケ月分が本件事故のためけているのであつて、このこと前年度分入金高とを併せ考えれば、もし本件事故がなければ三九年度分入金高は少くとも六〇〇万円を下らなかつたものと云いうべきところ、前記のとおり服地販売の利益率は二割であるから、同年度の収益は少くとも金一二〇万円を下らなかつた訳であり、これよりしても、前記原告の逸失利益計算は寡少に過ぎるものであること明らかである。

(二) 慰藉料 五〇〇、〇〇〇円

原告は本件事故により前記のとおり傷害を負い、入通院加療をなした。

その間営業活動をなしえず多大の損失を蒙り、又受傷後は左膝関節に激痛を覚え、跛行となり、著しく健康を害し、商人として廃人同様となつた。

(被告の主張)

一、本件事故の態様・被告保司の無過失等

(1) 本件事故は原告の一方的過失にもとづき生じたものであつて、被告保司には何らの過失もなく、又事故車に構造上の欠陥または機能の障害はなかつた。

(2) 事故車が進行していた東西道路の幅員は約九メートル、原告車が進行していた南北道路の幅員は約五・三メートルであつたから、事故車が進行していた道路が所謂広路優先道路に当ることは明らかであり、この場合原告車は、交差点に入るに際し徐行する義務、及び優先道路を進行する事故車の進行を妨げてはならない義務がある(道交法三六条)。しかるに、事故車・原告車はほぼ同時に交差点に進入しており、又原告車のスリップ痕は二・五五メートルあり、かつ事故車と接触したときまだ停止していなかつたのであるから、そのことよりすれば原告は接触地点より約三メートル手前で始めて制動操作に着手したものと認められるのであつて、そうとすれば原告は前記各義務に違反しているといわねばならない。

(3) 原告車の当時の登録番号は完全登録の済んでいない試運転許可車に付されるものであつた。

(原告はかかる車両をあえて業務のために運行していたものである)。そのことは、当然原告が当該車両の運転に不慣れであることを示すものである。又原告車は法定の積載量を超える荷物を荷台に積んでいた。

(4) これに対し事故車の事故直前の運転時速は二五―二八キロメートルであつた。このことは事故車のスリップ痕が前輪五・八五メートル、後輪五・六メートル、平均して五・七メートルであること、従つて空走距離と伝導距離の和を約二メートルとみれば制動距離は七・七メートルであること、一般に乾燥した良好な道路で故障のないブレーキをかけた場合の制動距離は速度の二乗を一〇〇で除した数が概ね実際に一致することからも窺われる。ところで本件交差点は交通整理の行われていない左右の見とおしのきかない交差点であり、このような交差点では車両には徐行が義務づけられている。しかし本件のように広路優先道路を進行する車両の場合には、たとえ右のような交差点であつても右徐行義務の適用はないものというべきである(昭和四三年七月一六日・最判―三小―、同年一一月一五日・同―二小―、同四四年五月二日・同)。被告保司としては、左側方道路から来る他車両が交通法規を守り一時停止することを信頼して運転すれば足り、敢えて法規に違反して左側方道路から進入して来る車両のあることまで予想して運転をなすべき義務はない。

(5) 仮に優先道路を直進する車両にも徐行義務があるとしても、その徐行の程度は、当該交差点の交通事情、相手方の状況などとの関連において判断されるべきものであるところ、被告保司が七メートル手前で原告車を発見しているのであるから原告も同時に事故車を発見できた筈であり、その際原告が直ちに停止措置をとるなり、或いは運転に習熟していたならば、本件事故は避け得たものである(事故車は原告車を発見するや直ちに急停車措置をとり、交差点中央よりやや行過ぎたところで完全に停止した)から、この場合の関係においては、被告保司は徐行義務を尽していたというべきである。

(6) なお本件事故は「衝突」して「跳ねとばし」たものでなく「接触」「転倒」の程度のものであり、又事故車は普通貨物自動車であつた。

二、(1) 原告は事故当時五四才であつた。

(2) 原告の通院期間は知らないが実通院回数は六回に過ぎない。

三、過失相殺

仮に被告保司の運転に過失があるとしても、前記本件事故の態様に鑑みるならば、原告と被告保司の過失割合は八対二に相当するものとして過失相殺さるべきである。

第四証拠〔略〕

第五争点に対する判断

一、本件事故の態様等

本件事故発生地は、幅員九メートルの東西道路と幅員五・三メートルの南北道路(両道路とも歩車道の区別はなく、全路面コンクリートで舗装されている)が直角に交差する、交通信号の行われていない、相互に左右道路への見とおしのきかない交差点(その四隅は角が切りとられて、型になつている)であつて当時路面は乾燥しており、東西道路の右交差点東詰南側端には、同所にある電柱を背に、東面して「事故多し、諸車徐行、旭警察署」なる立看板が立てられている。被告保司は大型貨物自動車を運転し、時速約三五キロメートル位で東西道路を西進して来たが、右立看板を見たのでアクセルを外し稍減速して本件交差点東詰に差しかかつたところ、左方道路の交差点南詰附近に北進して来る原告車を発見し、急制動措置を執つたが及ばず、前輪のスリップ痕約五・八五メートル、後輪のスリップ痕約五・六メートルを残し、交差点中央附近で事故車左前部角を原告車右側面に衝突させ本件事故に至つた。原告車は右衝突地点まで約二・五五メートルのスリップ痕を残しており、又両車の進行位置は、それぞれ東西道路及び南北道路の左側端より、事故車は約一・八五メートル、原告車は約二・五五メートルのところにあつた。(〔証拠略〕)

右事実よりすると、前記路面の状況並びに事故車のスリップ痕の長さよりみて、事故車が本件交差点に差しかかり原告車を発見した際の速度は、概ね時速二五キロメートルないし三〇キロメートル位と推定され、又原告車のスリップ痕が衝突地点の手前約二・五五メートルから始つていることからみて、原告車からは事故車の発見が稍遅れたものと推測される。ところで、本件の場合、事故車の進行した東西道路の幅員は、原告車の進行した南北道路の幅員より明らかに広いものと認められ、従つて、南北道路を進行する車両としては、東西道路から交差点に入ろうとする車両等があるとき(同時進入の場合に限らず、交差点附近にあつて、交差点に入ろうとしている車両があるときも含まれる)には、その進行を妨げてはならないのであり、このように幅員の広い道路の車両に所謂優先通行権の認められている場合には、右優先道路を進行する車両としては、たとえ進入しようとする交差点が交通整理の行われていない、左右の見とおしのきかないものであつても、本来は、徐行しなければならないものではないというべきである。しかし前記のように、本件交差各道路は、相対的には東西道路が明らかに広いとは云え、道路それ自体としては、いづれもさして広いものではなく、その上道路交通法上、道路の交通に関し規制又は指示を表示する標示板たる道路標識ではないにせよ、「事故多し、諸車徐行」と表示して、同交差点が往々事故の発生する地域であり、西進する車両等は徐行して事故発生に充分注意すべきことを慫慂する所轄警察署の立看板があつたのであるから、このような交差点に進入進行しようとする車両運転者としては、当該交差点では交差道路殊に左方道路から不用意に出現する車両・歩行者等があるかも知れないことを慮り、徐行にまでは至らなくとも、右のような車両・歩行者等が出現した場合には、それとの事故発生を未然に防止しうるよう、適宜減速し、特段の慎重な注意を以て交差道路の交通の安全を確認すべき義務があるというべきであるところ、被告保司はこれを怠り、単に時速二五ないし三〇キロメートルに減速した程度で進行し本件事故発生に至つたのであつて、この点において事故車運転上の過失を免れないといわねばならない(被告保司が右の慎重な注意にもとづき、少くとも時速一五ないし二〇キロメートル程度に減速していれば、本件事故発生は避けえたものと考えられる)。そしてそうとすれば、その余の点を判断するまでもなく、被告会社の免責の主張も認められない。

二、傷害

原告は前記争いないものの他その主張の傷害を負い、その主張のとおり通院した。(〔証拠略〕)

三、損害

(一)  逸失利益

原告は舶来・国産服地商を営み、事故前においては、店舗を賃借して店頭販売をなすと共に外商を行い、店舗販売は、主として原告の妻が店番ないし補助的営業程度の働らきでこれを担当し、原告は主力を外商に注いでいたところから、収入も外商によるものが遙かに多かつた。ところが、原告は本件事故による前記傷害の結果、記憶力が減退し、少々呆けたようになつて従前のような稼働能力を失い、そのため外商は全く行い得なくなり、店舗販売においても妻が主力となつて営業に従事することとなり、原告は精々その補助者的役割を担う程度に過ぎなくなつた。これにより原告が本件事故なかりせば得べかりし利益を失うこととなつたことは明らかである。

前記服地商営業による年間の収益は、少くとも、昭和三九年度において金七四三、七〇〇円、同四〇年度において金五三七、五〇〇円、同四一年度において金三五三、五〇九円、同四二年度において金四九五、〇〇〇円であつた。(〔証拠略〕)

ところで、右のように、昭和三九年度と、それ以後の各年度の間には前記営業による収益の減少があることが明らかであるが、他面、右事故の前後を通じた各年度の収益には、妻の稼働及び店舗の存在という人的物的な寄与による部分が含まれている筈であり、又〔証拠略〕によると、事故後の収益の中には、事故前の売掛金が回収された、実質的には事故前の稼働に対する収益とみるべきものも少なからず含まれていると認められるので、これらを考えると、前記の収益減少額を以て、直ちにそのまま原告の事故後における得べかりし利益の損失額であるとは認めえないものといわねばならないところ、事故前における外商と店舗販売の収益比率、事故の前と後の原告と妻の稼働の割合―即ち妻の寄与率の変化、事故後における事故前の売掛金回収額の収益に占める比率、収益に対する店舗価値の評価割合などは、いずれも本件証拠上明らかでなく、従つて原告の逸失利益額は確定しえないことに帰し、結局その点において原告の逸失利益損害は、未だこれを認めることができない。しかし前認定のとおり、原告にこの種損害が生じていなかつた訳ではないので、後記のとおり、その損害は慰藉料算定上、その補完的機能の面においてこれを斟酌することとする。

(二)  慰藉料

原告は本件事故により、前記のとおり傷害を負い入通院加療をなしたが、記憶力が減退し、頭脳がすつきりせず、天候悪化の前には殊にその徴候が甚だしいため周囲から「天気予報」と仇名される有様である上多少跛行を呈し、著しく稼働能力を失つた。(〔証拠略〕)。又前記のとおり逸失利益損害を認容しなかつたこと、その他本件証拠上認められる諸般の事情を斟酌すると、原告に対する慰藉料として、一、五〇〇、〇〇〇円を認めるのが相当である。

四、過失相殺

本件事故発生については、前認定の事故態様から明らかなように、原告にも交通整理の行われていない、左右の見とおしのきかない交差点で、かつ幅員の狭い南北道路から、明らかに幅員の広い東西道路との交差部分に入ろうとする場合であるのに、徐行を怠り、右方道路への交通の安全の確認を欠いて、広い道路にある事故車の進行を妨げることとなるのに、漫然交差点に進入した重大な過失を免れない。そしてこれに、前認定の被告保司の過失の程度、事故車と原告車の車種、その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、右原告の過失につき、前認定の損害額中その七割を過失相殺するのが相当である。

そしてそうとすれば、右過失相殺後の原告の損害額は金四五〇、〇〇〇円となる。

第六結論

被告らは各自原告に対し金四五〇、〇〇〇円および右金員に対する昭和三九年一二月二日(本件不法行為発生以後の日)から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。

訴訟費用の負担につき民訴法九二条、九三条仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。

(裁判官 西岡宜兄)

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